鉄道とお抹茶と親父ギャグで自分と世界への探求と体験、今、これから・・・ with 奇蹟のコース(ACIM) とフラワーエッセンス


by aoressya
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過去 ~ その後 ~

先日のブログで
過去のことを書きました。
昔のことが溢れてくると。。。

でも、
よく感じてみると、これは自我が罪責感とともに入り込んできていたのですね。
でも、冷静に感じてみると、よく分かります。

まさに、心の広い空間の中に、
黒い液体が染み渡るごとくスーッと音もなく沁みこんできました。

そして、自分を責める罪責間によるエンドレスの思考体系へ。

話はちょっとそれますが、
僕は子供の頃から鉄道が好きな、いわゆる鉄道マニアです。
それが講じて、模型屋さんで働いたり、毎日好きな列車を通勤途中で撮ったり、
撮る為に高価なカメラの類を揃えたり・・・
はたまた模型はそりゃもう1,000両以上あるだろうし・・・( - -) トオイメ

でも、ここのところ
鉄道と鉄道の趣味からはちょっと距離を置いています。

なぜなら、色々と学んできたうちに、
どうやら鉄道への愛着は、僕独特の攻撃の仕方なのだ、
と、気付いたからです。

これはあくまでも僕個人の場合でのことなので、
他の鉄道ファン全般の方々が皆、こうなんだ~
とは思わないで下さい。


僕の場合は、

他の鉄道ファンとは僕は違う、
違うだけのテクニックと機材を持っている。
僕は他の鉄道ファンより優れている、
優れているだけの情報、テクニック、機材をもっている。
この撮影場所は僕だけが知っている、
だからいい映像が撮れる。
他の人が持っていない限定品をたくさん持っている、
だから他のファンより、鉄道への愛があるのだ・・・

等々、

さらにもっといくと、

鉄道への愛を他のファンより多く持っている僕が撮影してるのに、
なんでそんな僕の撮影を邪魔する行為をするの・・・

とか、

まだまだ貴方には負けない、僕の方が優れているのだから、
きっと僕の方がもっと素敵に撮れるはずだ。

等々、
愛とは無関係な相反する思いを抱くことが多くなってきたからです。
結局、鉄道という媒体を利用して、
うまく恐れと分離、罪責感を感じるよう自我にやられていたということです。

ACIMに関わるようになってから、
特に撮影に関する情熱(ポジティブに言えばですが)が極端に多くなり、
恐らく異常に近い状態に陥っていたと思います。

これは、自我の必死の抵抗だったのでしょう。

そして、列車は毎日やってくるものだから、
撮影の時間に追われ、
冷静に自分で色々と感じる暇もなく、
他のファンとの比較をすることによって罪責感も増し、
まさに自我に飲み込まれていたといえるでしょう。

僕にとっては、いつまでもそんなことをしていても、
いつか終わりが来ることがわかっているのに。

そういう状態の中で不変を感じることは出来ない。

そして、本当の愛を感じることも出来ない。

あるのは、恐れと分離。


だから、ちょっと距離を置いています。


そして、
距離を置くことによって、
いろんな愛を感じることが出来るようになりました。
そして、鉄道にも違う観点から接することが出来るようになりました。

そして、鉄道に費やしていた時間、
つまりは、心にあった、3X年分の鉄道に関するスペースがポッカリと空き、
(例えるなら、横須賀線新川崎駅周辺の新鶴見操車場跡のような・・・(--;))
そのポッカリと空いたスペースに、
ACIMをきっかけとした、様々なものを置けるようになりました。
それにより、新たな出会いと発見もありました。


でも、いい事ばかりではなかったのです。
それが、今回、この過去の事を学んだ時に起きました。

そのポッカリと空いたスペースに、
過去の罪責感をともなった一覧の思い出と感情が、
ここぞとばかりに一気に流れ込んできたのです。

そして、少しばかり流されました・・・私・・・

そこでも、他人との比較をして、
今、自分より幸せなのかどうか心配になり、
幸せだったら妬みが出るし、
そうでなかったら優越感が出てくるし・・・

そして、当時の選択に対しての罪悪感、罪責感。

これらは、強力です、打ちのめされます。


でも、今回は当時の感情を受け止めることが出来ました。
そして、その時に関係した色々な方々に対し、
愛を祈ることが出来ました、信頼とともに。
もちろん、その中に、自分を感じることも出来ました。

ここまでこれたのは、アドバンスクラスのお陰もあるし、
そのクラスで知り合ったお仲間の方々のお陰でもあります。
アドバンスクラス後にそのお仲間達にお話を聞いてもらうひと時が出来、
それでスッキリしたのもあります。

なによりも嬉しかったのです、そしてありがとう。




>どうしても誤りたくなってしまいました。

>コオさん、色々と周囲の方々へ影響を与えてしまってごめんなさい。
>こんな僕が残ってしまってごめんなさい・・・<(_ _)>


まさに自我にやられているところです。
でも、コオさん、その節はありがとうございました。
そして、今回のクラスもありがとうございました。
<(_ _)>
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by aoressya | 2008-04-08 23:40 | 日常(とは言っても非実在)